
はじめに
私たちが生活する中で、病気やけがは避けられない出来事です。医療機関にかかると当然ながら治療費や薬代が発生しますが、その負担が家計にとって大きなものとなる場合も少なくありません。そこで所得税法は、納税者やその家族が支払った医療費の一部を所得から差し引き、税負担を軽減する制度を設けています。これが「医療費控除」です。
本稿では、医療費控除の仕組み、対象となる医療費と対象外の費用、控除額の計算方法、手続きの流れ、さらに活用する際の注意点まで、実務に役立つ情報を整理して解説します。
医療費控除の基本的な仕組み
医療費控除は、納税者本人または生計を一にする配偶者やその他親族のために支払った医療費が一定額を超えた場合に、所得から控除できる制度です。
控除額の計算式は以下のとおりです。

控除の対象となる医療費
医療費控除では「医師等による診療や治療のために直接必要な費用」が対象となります。代表的なものは以下のとおりです。
- 医師や歯科医師による診療・治療費
- 病院や薬局で購入した医薬品費用(治療目的に限る)
- 入院時の食事療養費、部屋代(医師からの指示がない差額ベッド代は対象外)
- 通院のためにかかった交通費(公共交通機関の利用)
- 妊娠・出産に関する費用(妊婦健診、出産費用、分娩介助料など)
- 歯科治療での自由診療(矯正やインプラントも治療目的なら対象)
- 介護保険サービスのうち医療系サービス費用
「治療に直接必要かどうか」が判断のカギです。
対象とならない医療費
一方で、次のような費用は控除の対象外となります。
- 美容整形や審美目的の歯科治療
- 健康診断や人間ドックの費用(ただし異常が見つかり、治療につながった場合は対象になることもあります)
- 予防接種費用
- 健康増進目的のサプリメントやビタミン剤購入費
- マイカー通院におけるガソリン代・駐車場代
医療と直接関係のないもの、あるいは治療よりも予防・美容に重きを置いたものは対象外と理解しておくとよいでしょう。
控除額の計算例
具体的な計算例で確認してみましょう。
- 支払った医療費の合計:50万円
- 生命保険会社からの入院給付金:10万円
- 所得金額:500万円
計算式は以下の通りです。
(50万円 - 10万円) - 10万円 = 30万円
したがって、このケースでは30万円が所得控除額となります。仮に所得税率が20%の場合、節税効果は6万円(30万円 × 20%)となります。
手続きの流れ
医療費控除を受けるためには、確定申告を行う必要があります。サラリーマンで年末調整を受けている人も、自分で確定申告をしなければ控除を受けられません。
1. 領収書や明細書の準備
平成29年分以降は、領収書の提出ではなく「医療費控除の明細書」の提出が必要になりました。領収書自体は提出不要ですが、自宅で5年間保存する義務があります。
2. 医療費通知の活用
健康保険組合や協会けんぽから送られてくる「医療費通知」を使えば、明細書の一部記載を省略できます。
3. 確定申告書への記入
国税庁の「確定申告書作成コーナー」を利用すれば、自動計算で控除額を求められます。
4. 申告期限までに提出
通常、翌年の2月16日から3月15日までが申告期間です。還付申告の場合は5年間提出可能です。
セルフメディケーション税制との関係
医療費控除と似た制度として、セルフメディケーション税制があります。これは、特定のスイッチOTC医薬品を年間12,000円以上購入した場合に、最大88,000円まで所得控除が受けられる仕組みです。(申告者本人が、特定の検診や予防接種を受けていることが条件です。)
ただし、医療費控除とセルフメディケーション税制は併用できず、どちらか一方を選択する必要があります。医療費が少ない場合でも、薬局での購入額が大きければセルフメディケーション税制を検討するとよいでしょう。
実務上の注意点
- 交通費の記録
公共交通機関を利用した場合の交通費は領収書がなくても認められますが、日付・経路・金額をメモしておくことが大切です。 - 保険金との相殺
生命保険や医療保険から受け取った給付金、自治体からの助成金は必ず差し引きます。二重控除はできません。(差し引く必要のない補てん金もあるため注意) - 家族の範囲
「生計を一にする」家族であれば、扶養に入っていなくても対象になります。例えば、別居の仕送りをしている学生の子どもの医療費も含められる場合があります。 - 領収書の保管
税務調査で求められる可能性もあるため、必ず5年間は保存しておきましょう。
まとめ
医療費控除は、予期せぬ医療費の負担を軽減してくれる重要な制度です。
- 治療に必要な費用が対象となる
- 控除額は「支払額-補填額-10万円(または所得の5%)」で計算
- 最大200万円まで控除可能
- 確定申告が必須
医療費が一定額を超えた場合には、確定申告を通じて必ず活用することが賢明です。また、日頃から領収書の整理や医療費通知の活用を習慣化しておくと、申告の際にスムーズです。
医療費は健康と生活に直結する支出ですが、税制を正しく理解し活用すれば、経済的な負担を軽減できます。ぜひ、本記事を参考に医療費控除を上手に利用してください。
監修:佐藤 拓真